観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
「観自在菩薩が、深く般若の行をおこなっている時に」
観自在菩薩、いわゆる観音様(アヴァローキテーシバラ)。
エロかったり馬だったり手がいっぱいあったり、
とかく手当たり次第の救済っぷりである。
鳩摩羅什(クマーラジーヴァ)が法華経を漢訳した折、
観世音菩薩と記述されたのだが、
玄奘三蔵は般若心経で観自在菩薩と記述した。
別に違う菩薩の事ではない。
観音経にて
「善男子、もし無量百千万億の衆生あって、もろもろの苦悩をうけんに、
この観世音菩薩の名を聞いて一心に名を称せば
観世音菩薩、即座にその音声を観じて、皆解脱することを得さしめん」
とある。それで鳩摩羅什は観世音という字をあてたと言われている。
また別に「アヴァローキテーシバラ」を
「アバローキタ(観る)・スバラ(音声)」
「アバローキタ(観る)・イシュバーラ(自在)」
と、それぞれに訳したという説もある。
一般には大悲を強調する時は「観世音」
智慧を強調する時は「観自在」で使われる。
世の光と音を観るという意味で「光世音」とも称する人もいる。
般若の行、六波羅蜜は
布施波羅蜜:イー感じにまわりに施し
持戒波羅蜜:十善戒を守り慎ましく
忍辱波羅蜜:恨みや嫉みを耐え忍び
精進波羅蜜:智慧を知るため精進精進
禅定波羅蜜:やるときゃとにかく、集中集中
般若波羅蜜:上記五行をうまく同時進行させましょう
の六つの事。
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