すばらしい日々





斎王が呼んでいるとのことで、集会場へ向かいながら万丈目は隣を歩く明日香を見遣る。

「3月3日…?」

「雛祭りよ。毎年オベブル女子男子で、パーティを開いてたの。去年は私と亮とで内裏雛をやったのよ」

「へぇ…」

万丈目はほんの少し羨むような表情を浮かべた。

その頃自分はノース校で、アカデミアにはいなかったのだ。

「斎王さまがそれなら今年もやったらどうかっておっしゃって」

「……斎王さまが?」

不思議に思い、万丈目が聞き返すと。

「自分は転校してきたばかりだから、親睦会も兼ねたいそうよ」

「それはいいかもしれないな」

万丈目は心持ち足を速めて歩いた。

明日香の着物姿を見てみたいとか思っていたのだが。




集会場に二人が着いた時には、斎王も他の生徒たちもすでに待っていた。

斎王の元へ行くと信じられない話を聞かされ、万丈目は自分の耳を疑った。

「………はい?」

「ですから、御内裏様が私で万丈目さんが御雛様です」

もう一度斎王は繰り返す。

「はい?」

そしてもう一度万丈目が聞き返す。

「ですから…」

埒が明かない二人に、明日香が脇から口を挟んだ。

「だから万丈目くんが今年の御雛様役よ」

万丈目は顔色を変え、明日香へと目を向ける。

「何故だ。君がやればいいじゃないか」

「私は去年やったもの」

動揺を隠せない万丈目と対照的に、明日香は平然と返した。

「しかし何故オレが…」

尚も苦汁の表情になる万丈目に、斎王は言う。

「似合うと思いますよ。万丈目さんなら」

「天上院くんの他にも、女生徒はたくさんいるじゃないですか。何でオレが」

「暗いと不平を言うよりも、進んで灯りを点けましょうと、よく言うじゃないですか」

「えぇ??」

それはあまり関係ないと思う万丈目だった。

なかなか承服しようとしない万丈目に、仕方なく斎王は集会場にいる生徒たちの顔を見回した。

「民主的にここはひとつ。多数決でどうでしょう」

生徒から拍手が湧き起こり、

「それでは万丈目さんがいいと思う方は挙手をお願いします」

と斎王が言うと、その場にいた万丈目以外の全員が手を上げていた。

「決まりですね」

「………………しかし」

多数決とは言っても、みんな斎王の言いなりなのだからあまり意味はないのだった。

万丈目は開きかけた口を噤むと、むくれた顔になり、そして観念したように目を瞑った。








白い館の中から生徒のものらしい、拍手と歓声が僅かに洩れ聞こえてくる。

十代たち四人は少し遠巻きにして、館の外観を眺めていた。

「何だかあそこは活気があるっスねぇ…」

翔が呟くと草の上に座り込んでいた十代は、下を向いてため息を吐いた。

指で草の葉をいじくり、いじけている。



修学旅行の行く先を賭けてのデュエルに勝利した十代は、試合後すぐに万丈目のあとを追いかけた。

後ろから追って来る気配に振り返り、虫でも見るような目付きになる万丈目へ、躊躇いながらも十代は声をかける。

「万丈目…改めて、オレとデュエルしようぜ。お前の目を覚まさせてやる」

すると万丈目は「フン」と嘲笑い、

「寝ぼけているのは貴様の方だろう」

と冷たい口調で言った。

「光に導かれた我らのこの聡明さに比べ、貴様らのその顔色の悪さは何だ。みすぼらしい。」

堪りかねた剣山が、横から口を出す。

「みすぼらしいとは何だどん!アニキもオレたちもみんな、あんたたちの心配して夜も眠れないざうるす!!」

「……代わりに授業中に居眠りしているようだが?」

それは事実だった。

万丈目に白い眼で見られ、十代と剣山は返す言葉もなく口篭った。

「………そういや、お前は…」

剣山を睨み付けた万丈目は、小馬鹿にするように言う。

「斎王さまとデュエルしたんだってな。恐れ多いことだ。それでも何も感じることの出来ないその無神経さ。所詮原始的な人間には、叡智ある斎王さまのお言葉を理解する頭脳もないという訳か」

「何だと!!」

カッとなって剣山は思わず掴みかかろうとするが。

「汚い手で触るな」

と手を払われてしまった。





歩き去る後ろ姿に腹を立てながらも、引き止めることは叶わず。


その時の光景を思い出し、剣山は悔しさに歯噛みした。

「あんな…あんなイヤな奴…もう心配なんかしなくたっていいどん」

隣に座っている翔が、見兼ねて口を挟む。

「そりゃあ万丈目くんは最初からイヤな奴だったけど、でもあんなに酷くはなかったんだよ。やっぱりあの斎王という人の影響なのかな」

「……斎王…」

万丈目に何も感じない原始的人間とバカにされ、つい怒ってしまったけれど。

斎王と一度デュエルをしていた剣山だが、正直いうと光の洗礼がどうとか、そういうことについてはよく分からなかったのだ。

強い、と思っただけで、何も感じることはなかった。

やはり神経が鈍いというのだろうか。

いいや、と剣山は首を振った。

「でもオレは原始人じゃないどん!恐竜人間だどん」

「……それもどうかと思うが…」

眉間に皺を寄せ、三沢は腕を組んだ。

十代をチラリと見て、そして再び白の館へと目を向ける。

「十代…オレはあそこへ行って、少し光の結社のことを調べてみようと思うんだが」

その言葉に、三人は一斉に三沢の方を見た。

多分、『キャラにないことを言い出した!!』とか驚いているに違いない。

「もしかしたら…不本意であそこに入っている者がいないとも限らない。現に明日香さんが入ったと知って、光の結社入りした女生徒たちもいる…入ったものの、抜け出せないでいるという可能性もあるだろう」

「じゃあ、救い出しに行くどん?」

剣山が訊くと三沢が神妙に頷いた。

すると十代が立ち上がり、「それならオレも行くぜ」と意気込んで言うが、三沢は首を振ってそれを制した。

「イヤ、十代は残った方がいい。まず最初にオレが建物の中に偵察に行く」

「だったらオレも行くざうるす。三沢センパイ一人じゃ、逆に心配だどん」

「え」

確かに一人では心許なかった三沢なのだが、剣山の言葉は素直に喜べるものではない気がした。

「そうだな、三沢一人じゃ安心して待ってられないもんな」

「剣山くんも一緒なら大丈夫、頼りになるもんね」

すでに十代と翔も納得した様子である。

「…………そうか」

何だか立つ瀬がないという感じがする三沢なのだった。










その頃白の館では、万丈目が怒声に近い声を張り上げていた。

「何だ、これは!!」

身拵えの係りの者たちに囲まれ、姿見の鏡の前に立たされた万丈目は、自分の格好に目を瞠る。

「よく、お似合いですよ」

冗談でも世辞でもなく、係りの者の一人が恭しく言う。

その時部屋の扉が数回ノックされ、そして明日香が顔を見せた。

「アラ、すてき」

冗談でも世辞でもなく言い、万丈目の傍へと近付く。

そして最後の仕上げとばかりに、万丈目の頭にベールを被せてやった。

「純白の花嫁さんね」

フルフルと体をわななかせ、万丈目は冷静に落ち着こうと努力して口を開いた。

「…………何で…ウェディングドレスなんだ?」

「うん?」

首を傾げる明日香に、万丈目は更に低い声で訊く。

「だから、何で着物じゃなくてドレスになってるんだ」

「君がイヤって言ったからでしょ」

「え…オレがイヤだって言ったのは…だって…」

明日香の厳しい口調に、万丈目は何故かヘドモドしてしまうのである。

御雛様の衣装が赤い着物しかなくて、赤はイヤだと言ったのだが。

「白いのがいいって言ったじゃない。真っ白の衣装はこれしかなかったのよ。大丈夫。斎王さまもあなたに合わせて白いスーツになさったわ」

「……えぇ?」

何だかそれでは、もはや雛祭りとは関係ないのでは、と万丈目は思う。

何故衣装が揃っているのかも、いろいろと疑問だったのだが。

しかし明日香は何も気に留めることなく、万丈目の手を取って移動を促す。

「そろそろ式が始まる時間よ」

「し……式って??」

(祭りじゃないのか?)

「斎王さまもお待ちかねよ」

「斎王さま…」

(斎王さまをお待たせするのは心苦しい)

「花嫁はまだかって、落ち着かないご様子だったわ」

「……は…?」

(…な…嫁って)

(花嫁って??)



(何だそれはー!!)


万丈目は心のなかで絶叫した。

その間にも、明日香の意外なほど力強い手に引っ張られ、部屋の外へと連れて行かれる。

「来週の修学旅行が新婚旅行になるのね」

(新婚旅行って!!)

「じょ、冗談じゃない!!」

「あ!?万丈目くん!?」

万丈目は明日香の力が緩んだ隙に、手を解いて逃げ出すと、廊下を一目散に走り始めた。

ドレスの裾を手で持ち上げるが、走りにくいことこの上ない。

「いけない、花嫁が逃げ出したわ!誰か捕まえて!!」

周りの者に指示を出し、明日香は自分も万丈目を追いかけた。

「姫、お待ちください!何故逃げるんですか!?姫!!」

万丈目を追いかけている者の一人が、懸命に声をかける。

すぐ横を走っている明日香は、

「きっとマリッジブルーというやつね」

と答えていた。


逃げながら万丈目は、後ろから聞こえてきた話の内容に、全く理解が及ばず困惑してしまう。

(御雛様がいつの間にかお姫様になってる……それより、マリッジブルーって何だ!?)

万丈目は今何故逃げているのかがイマイチ自分でもよく分からず、不思議でしょうがなかった。

だって相手はあの斎王なのだ。拒む理由などあるはずがないのだが。

(これがマリッジブルーということなのか?)

などと思い始めていたりもしていた。










一方、白の館に潜入捜査を目論んだ三沢と剣山の二人だが、やはり普通の出入り口から中に入るのは不可能だった。

そこで剣山は、化石発掘作業でいろいろと培った特技の穴掘りで、外庭から侵入することにし、そして見事地下へと通路を拓いた。

その間、三沢は特に何も役に立ってはいなかった。

とりあえず二人は、スパイらしく変装してから館内へと入り込む。

イエロー制服がバレないように、裏返しに上着を着て、頭は布で覆い覆面をして顔を隠した。

しかし正体は隠せても、逆に目立つ格好だということに、二人は気付いていない。

何となく騒々しい気配がする建物の中を、そろそろと忍び足で歩いてゆく。

「まず何からさぐるどん?」

「…そうだな…ここはやはり、斎王の秘密かその正体を暴くべき…」

廊下をコソコソと進んでいると、曲がり角の向こうから幾つかの忙しい足音が迫ってきていた。

すぐに気付いた剣山は、出くわす寸前で姿を隠すことに成功したが、三沢はやはり見付かってしまっていた。

「な、何だ?貴様は!」

「侵入者か!」

「…あ…アレぇ??」

あっという間に数人の男たちに囲まれて、三沢は慌てて助けを求めるように剣山の姿を探すが、すでにもういない。

「え…え〜?」

「アヤシイ奴だ!捕まえろ!!」

三沢は抵抗むなしく、捕まってしまった。

「斎王さまのところに連れて行って、処置を伺おう」

「イヤ、式まで時間がない。今は逃げ出した姫を探して捕まえるのが先だろう。コイツは一旦倉庫にでも閉じ込めておくか」

「そうだな」

男たちは頷くと、三沢の背を押して廊下を進んでゆく。


(……姫?)

話を盗み聞いていた剣山は、十代とデュエルしたあのプリンセスのことかと思い首を捻る。

(あの人を捕まえるって…?もしかして、三沢センパイの言っていた通り、抜け出したいのにムリヤリ強要されてここにいるのかも…)

だとしたら、助けなくてはと思う剣山だが、今捕まっている三沢を放っておくことも出来ない。

天井に張り付いたまま剣山は移動して、三沢たちのあとをつけてゆく。

そのまま廊下を曲がりかけたところで、後方から小さな足音が聞こえてきて、剣山はそちらへと視線を向けた。


白いベールを頭に被り、顔は良く見えないが、

小走りで廊下を駆けてくる白いドレスの花嫁姿。


(まさか……お嫁さん??)


剣山は一瞬にして様々なことが頭に浮かぶ。


ムリヤリ結婚させられそうになって、逃げ出してきたお姫さま。

相手はきっとロリコン伯爵。

……イヤ、斎王に違いない。

何かとんでもないことをしでかす奴だろうという感じはしたが、まさか、学内結婚を企むとは。

何て羨ましい、イヤ、何て不逞野郎だ。などなど。

(おのれ斎王…か弱い乙女を手篭めにしようとは)

許せない、と正義の心が燃え上がる。



このまま進むと、曲がり角で先の男たちに見付かってしまうだろう。

剣山は走ってゆく花嫁の真後ろに着地し、一瞬のうちに腕に抱きかかえると、今来た道を全力疾走で戻ってゆく。

目差すは地下の抜け穴。

そこから彼女を外へと脱出させてやるつもりだった。


息を飲んでいた腕のなかの少女が何か言いかけるより先に、剣山は安心させるようにして声をかけた。

「大丈夫。あんたを逃がしてやる」

前だけを向いて走っていたので、顔を確かめることはしなかったが、あの時のプリンセスにしては、少し小柄で細すぎではないか?と剣山は不思議に思う。

階段を駆け下りていき、目的の場所へ到着したところで、ようやく抱えていた体をおろしてやった。

手を引き先を歩きながら剣山は、地下室に開けた穴の所へと連れて行く。

「この穴は外まで続いてるどん。オレはまだやることがあるから、あんたは先にここから逃げるざうるす……ん?」

急に立ち止まる相手に訝しみ、剣山は振り返って「どうしたどん?」と様子を窺う。

この時初めて正面から彼女の顔を見た。

何となくおかしいとは思ったが、やはりプリンセスではなかった。

どちらかというと幼顔の可愛らしいタイプだ、と剣山がじっと見詰めていると、その頬が朱色に染まる。

「貴様、ティラノ剣山だろう。一体どういうつもりだ」

突然自分の名を言われ、慌ててしまう剣山。

「えっ!何でバレたどん!!覆面してるのに」

口調でバレバレだということに、本人は気付いていない。

それよりも、相手のその声が剣山は気になってしまった。

更にまじまじと顔を見入っていると。

「……笑いたければ、笑えばいいだろう…こんな格好をさせられて…」

赤い顔を横に逸らし、怒ったように呟く声。

(まさか…まさか?)

剣山はつい大きな声で叫んでいた。

「あんた、万丈目だったのか!?」

「呼び捨てにするな!声が大きい!っていうか、気付いてなかったのか!」

そういう万丈目の声も、剣山に負けないくらい大きかった。

二人はマズイと思い、同時に自分の口を手で押さえて耳を澄ませてみた。

外の気配を探ってみるが、どうやら誰も近くにはいないようだった。

剣山は声を潜めて先に口を開く。

「あんた…まさか…ホントにあのロリコン伯爵と結婚するどん!?」

「斎王さまはロリコンではない!!しかも何だ?その伯爵って」

万丈目の言葉を聞き、やっぱり相手は斎王なのかと剣山は眉を寄せた。

「…ムリヤリで結婚させられるどん?だから逃げてたざうるす」

「…それは……」

困惑した顔で万丈目は口篭る。

「今ならここから外へ脱出出来るどん。十代のアニキも待ってると思うざうるす…」

十代と聞いて万丈目の表情が、凍りつくように冷たくなった。

「オレは別に逃げ出すつもりはない。それより貴様こそ何なのだ。こんなところから忍び込んで何をしていた?」

「何ってスパイ…あ、言っちゃったどん!!」

剣山はウッカリ口を滑らせ、慌ててすぐに否定した。

「違う違う、そうじゃないどん!化石の発掘作業して穴を掘ってたら、たまたまここに行き着いただけだどん!!」

「ヘタな嘘をつくな!この原始人間が!!」

「原始人間じゃないどん!恐竜人間ざうるす」

それてゆく会話の虚しさに、万丈目はため息を吐き出す。

「もういい。今回は見逃してやる。さっさとここから出て行け!二度と周りをウロチョロするなよ」

言い捨てその場をあとにしようとした万丈目だが、後ろから呼び止められた。

「待つどん、万丈目」

「呼び捨てにするなと言っている」

ムッとして振り返った万丈目は、剣山の行為にあからさまに嫌悪の目を向ける。

剣山は携帯のムービー録画で万丈目を撮影していた。

「…貴様何をしている。原始人間のくせに文明器具を使うんじゃない」

「原始人間じゃないどん、恐竜人間ざうるす!このムービーメール、十代のアニキに送ってやるどん」

「……何ィ」

途端に万丈目の目付きが鋭くなる。

「コレ見たらきっと大喜びするどん。毎晩寝る前に眺め回して悦に入って……って、そんな変態くさいアニキはオレはイヤだ〜!!」

何故か自分の勝手な想像で、勝手に一人で落ち込む剣山。

「…だったら送らなきゃいいだろうが」

つくづく訳の分からん奴だと万丈目は呆れてしまう。

剣山はハッと我に返り、

「そうだどん!これをアニキに見られたくなかったら、大人しくオレに協力するどん」

と脅迫まがいに言い出した。

「協力だと?」

万丈目は不審そうな目で、剣山を睨んでいる。

「三沢センパイが捕まってるざうるす。助けに行かないと」

「三沢が?」

それを聞いて万丈目は今度こそ呆れ果てていた。

「全く…バカか貴様らは」

小さく言うとすぐに万丈目は踵を返し歩き出す。

「仕方がない。手を貸してやる」

「え??」

意外なほどあっさりと承諾され、剣山は逆に驚いてしまった。

「勘違いするなよ。邪魔だから追い出すだけだ」

万丈目は顔だけで振り向くと、キッパリと言った。

「この間斎王さまは十代に光の結社へ入るようおっしゃっていたが、オレは反対だ。奴にも貴様らにも、来て欲しくはない。目障りだからな。特に三沢など、何の役にも立たん。のし付けて返す」

「…………………」

何か言い返した方がいいだろうかと思いつつも、剣山は何も言えず。

「じゃーさっそく助けに行くどん」

万丈目のあとに続いて歩き出した。

「三沢センパイも覆面で顔隠してるから、正体はバレてないとは思うどん…倉庫に閉じ込めておくって言ってた」

「倉庫…多分備品保管室だな」

万丈目はすぐに思い至り、「こっちだ」と廊下を先に進んでゆく。


万丈目を探す生徒たちから身を隠しつつ、二人は見付からないように注意深くそこを目差して向かった。

やがて備品室へと辿り着いたが、扉には鍵がかかっていた。

ドアノブを回して剣山が聞く。

「鍵は?」

「そりゃ、閉めた奴が持ってるだろう」

確かにそうだろうと思い、剣山は「じゃあ壊してもいいどん?」と一応断りを入れた。

「貴様…スパイなら鍵開けくらいやってみせろ」

万丈目は渋い顔をしてみせる。

「オレ、恐竜人間だからムリだどん」

「仕方ない。ほどほどにしろよ」

了承を得た剣山は少し控え目に扉に体当たりし、何とか原形を留めたままでドアを開けることに成功した。

一度周囲の様子を窺い、静かなのを確認してから中へと入る。

閉まりの悪いドアを一応閉めておき、部屋の灯りを点けた。

ところどころに棚やダンボール箱が並んでいるが、床の空いた隙間に覆面をしたまま縄でグルグル巻きにされている、三沢らしき人の姿を発見した。

「あれが三沢か?」

万丈目が聞くと、「間違いないどん」と剣山は頷いた。

縄を解き覆面を取ってやるが、三沢は気を失っているようで意識がなかった。

呼びかけても目を覚ます様子はない。

剣山は三沢の上体を起こし、背中側へまわって両肩を掴んだ。

万丈目が不思議に思い、「何する気だ?」と訊ねる。

「活を入れて目を覚まさせるざうるす」

「お前やり方分かるのか?」

「テレビで見たことあるどん」

「テレビって…」

イヤな予感がした万丈目が止める間もなく、剣山は「カツ!!」と口で言って手に力を入れた。

と同時に。

ゴッキン。

という何だかイヤな音が室内に響く。

「…………………」

「…………………」

言葉を失った二人は、三沢の状態を見てサーッと青褪めてしまった。

「ゴッキンって!!骨の音か!?」

「か、肩が脱臼しただけだどん!!」

「目を覚ますどころか、何か口からアワ噴いてるぞ!!」

「力入れすぎだったどーん!!」

「バカモノ!!さっさと鮎川先生のところへ連れてゆくんだ」

二人は大慌てで三沢を運び出そうとする。

しかしドアを開きかけた剣山は、廊下を歩いてくる人影に気付き、再び閉めて万丈目を振り返った。

「マズイどん!こっちに斎王たちが来る」

「斎王さまが?」

それには万丈目も驚愕に目を瞠った。






明日香から万丈目が逃げ出してしまって行方不明だと聞かされた斎王は、その居場所を占いにより探し当てたのだった。

「全く困った花嫁さんですねぇ…隠れたりしてないで、出てきなさい万丈目さん」

備品室の扉の外で斎王が中へ声をかけると、その近くにいた一人の男が控え目に口を挟んだ。

「あのう…斎王さま。別の捜索隊の者から聞いた話なのですが、曲者が一人侵入していたとかで、ここに閉じ込めているということらしいのですが…」

「何、それは大変じゃないですか」

斎王がドアノブに手をかけるが、扉は開かなかった。

「鍵がかかっているんですね。誰か、早くここの鍵を」

催促されて先程の男が携帯を取り出し、鍵の持ち主と話をつける。

「すぐ、こちらに来るそうです」






内側から扉を押さえていた剣山は、外の遣り取りを固唾を飲んで聞いていた。

(もう…ダメだどん…)

絶体絶命のこの状況に、諦めそうになった時だった。

万丈目が突然、着ていたドレスを脱ぎ始める。

「!!?」

白い肌が露わになるのをすぐ目の前で見てしまい、剣山は視線を逸らせることが出来ずについ見続けてしまった。

万丈目が怒ったような表情で、「何見てやがる」と声を潜めて言った。


三沢の服も脱がせると、万丈目はそれを着る。

部屋の奥の方へと三沢を移動させ、電気を消して暗くする。

さすがに覆面はせず、その布を手に持って、剣山のすぐ横へ近付いた。

そして扉を押さえたまま硬直している剣山に、囁くように言う。

「鍵を開けると同時に、お前は手を放して隠れろ。オレが何とかする。誰もいなくなったら、三沢を連れてとっとと脱出しろ。分かったか」

「………万丈目…」

剣山は暗い中でも、万丈目の瞳を真っ直ぐに見詰めていた。

「呼び捨てはやめろ」

不服そうにする万丈目に、剣山は聞く。

「いいのか、本当に。もしあんたが本気で逃げるつもりがあるなら、オレは全力であんたを救い出すどん」

「…………」

その真剣な口調に万丈目は軽く目を見開き、そしてふっと笑った。

「オレは自分のことは自分でカタをつける。お前こそ、見付かって捕まったりするなよ」

暗くて見えないと万丈目は思っているのだろう。

しかし剣山は目が良いので、表情の変化も見て取れていた。

その顔は今まで見たことのないような、あどけない微笑みだった。

「万丈目…」

「この服、あとで返す。それから…あのムービーはちゃんと消去しておくんだぞ」

その時、外から鍵を差し込む気配がし、剣山は言われたまま扉から手を放し、床に積まれたダンボールの陰に隠れた。

ドアを開き万丈目が一歩外へと踏み出す。

「……万丈目さん??」

中から出てきた万丈目を見て、斎王と他の者たちは同様に驚いた顔をしていた。

「え…何で万丈目さんが?」

おそらく三沢を捕まえた者なのだろう。

狼狽して慌てふためいている。

万丈目の手にしている布があの覆面で、服装も捕まえていた者と同じ。

ザッと一気に青褪めて、身を縮めるようにして裏返った声で言う。

「ま、まさかあれは万丈目さんだったんですか?そんな、オレてっきり曲者かと」

「変装して逃げてたんだ」

万丈目の言葉に恐れおののき、平謝りに謝り出す。

「すいません、申し訳ありません!万丈目さんに大変失礼なことを!!」

「別にいい。気にするな」

寛大な許しを得たその男は、「何て懐の大きい優しい天使のような万丈目さん」などと、感動のあまり涙を浮かべていた。

だがヒドイ目に遭ったのは三沢なので、万丈目はホントに何も気にしていないだけだった。


「万丈目さん……何だって、そんなみすぼらしい…純白のウェディングドレスはどうしたんです」

斎王のやや不愉快そうな声に、万丈目は一度部屋の中へ戻り、ドレスを持って出てゆく。

先程の男はまだ感動の嵐の中だったので、何故ドレスがそこにあるのか、万丈目がどうやって縄抜けしたのかなどという疑問を思い浮かぶことはないようだった。

「ここにちゃんとありますよ、斎王さま」

万丈目は斎王の前に立ち、毅然とした顔を向けた。

「早く着て下さい、万丈目さん…式の予定が大幅に遅れてしまっていますよ。せっかくの大安、結婚式日和なのですから…」

しかし斎王の言葉の途中で、万丈目がとんでもないことを言い出した。

「これはぜひ斎王さまが着て下さい。今日の主役はあなたですから。斎王さまならオレよりずっと似合うと思います。もちろん花婿はオレですよ」

スーッとその場の空気が冷え込んでゆく。

斎王含め他の者たちも、その想像図に一気にテンションが下がっていった。

見たくない、誰も見たいとは思わないだろう。そんな結婚式。

どうやら万丈目が一歩も譲らないようだと悟った斎王は、「この話はなかったことに」とあっさり引き下がった。

「仕方ありませんね。今日のところは諦めます」

ヤレヤレというように首を振る斎王。

万丈目はホッとしつつも、ずっと気になっていたことを聞いてみる。

「ところで、雛祭りの話はどうなったんですか」

「………あ」

万丈目を除く全員が思い出したという表情を浮かべている。

「そういえば、最初はそういう話でしたよねぇ…ウッカリ忘れてました」

どうウッカリすれば、雛祭りが結婚式に発展するのか、万丈目には未だ謎なのである。

パーティの用意は整っているということで、ようやく会場へ行くことになった。

万丈目は気がかりではあったものの、斎王たちと共にその場を離れる。



そして誰もいなくなった頃合を見計らって、剣山は三沢を担いでホワイト寮から脱出をした。


それなりに心配していた十代と翔は、戻ってきた二人の様子に大げさでなく驚いていた。

三沢は何故か下着姿だしケガまでしていたし、剣山は剣山で何があったか話そうとしないし。

保健室で目を覚ました三沢は、何がどうなったのかよく覚えていないというし。

縄でグルグル巻きにされ、頑張って解こうとしたがビクともせず、疲れ果ててつい寝てしまって、次に目を覚ましたらすでに保健室だったということである。

三沢に何があったのか、聞いても剣山も知らないと言う。

その剣山の様子も何となくおかしくて、十代と翔はやはりホワイト寮で何かおそろしい目に遭ったに違いないと、勝手にいろいろ想像していた。

おそるべし、斎王…とか畏怖の念を抱いたりしていた。


そしてその後、携帯画面を見惚れるように眺めている剣山の姿があったとか。なかったとか。





<終>





『ホワイト寮のみなさんにモテモテの万丈目』という…
せっかくの音様からのリクエストでしたのに、なんだかワケの分からない話になってしまい、最後の方はかなり適当に終わってしまいました…すいません!こんな出来で申し訳ありません!…控え目に捧げさせて頂きます…
2006.3.4