花のランランパワー
部屋の中に入ると斎王は、姿の見えない万丈目に留守だったかと思い、出て行こうとした。
踵を返したその時、カーテンが風にそよぎ窓が開いていることに気付く。
薄い布越しにバルコニーに立つ人の後ろ姿がかすかに見え、斎王は窓へと近付いた。
万丈目は手摺りに肘をつき、心ここにあらずな様子でボンヤリとしていた。
すぐ真後ろへ斎王が忍び寄ったことにも気が付かず、陽の沈み始めた赤い空に顔を向けている。
時折ため息なんて吐いたりして。
(たそがれてる…どうしちゃったんでしょうねぇ)
ほんの少しのイタズラ心が起こった斎王は、後ろから手の平で目隠しをしてみた。
当然ながら万丈目は飛び上がるようにして驚いてしまう。
「誰ぇだァ〜?」
おもしろくてついワルノリし、声色を変えて言ってみると、何故か思いがけない名前が出てきた。
「てっ…天上院くん!?」
「………………………」
興醒めした斎王はすぐ手を離して、「残念でした」とつまらなそうに言った。
相手が誰だか気付いた万丈目は、ギョッとなって途端に恐縮する。
「ささ斎王さまっっ」
「勝手に入ってきちゃいましたよ。お願いしていた旅行先のホテルの件ですけど…」
切り出した用件に万丈目は即座に答える。
「それでしたら手配済みです。最高級のホテルをご用意しておきました」
「あぁ、ありがとう」
斎王が礼を言って笑いかければ、万丈目は背筋を伸ばして姿勢を正す。
「いいえ、全てお任せ下さい」
いつまで経っても堅苦しい万丈目の態度に、斎王は僅かに苦笑をしてみせる。
「万丈目さん…今は他に誰もいないんですから、そんなにしゃっちょこばらなくてもいいですよ」
すると万丈目はやや首を傾げて、「斎王さま、しゃっちょこって…何ですか?」と聞いた。
「…え…しゃちこばるってことですよ」
「その…しゃちこばるって何でしょう?」
「しゃちほこばるって知りません?」
「しゃちほこって…あのしゃちほこですか?」
ますます不思議そうな表情になる万丈目に、斎王は逐一と言って聞かせる。
「つまり、私と二人だけの時はそんなに堅苦しくならないで、もっと肩の力を抜いて下さい、ということです」
「え……ですが」
「他に誰もいないし、構いませんよ」
斎王が万丈目の肩に手を置くと、少し力が抜けたように両肩が下がる。
それを見計らったように、突然斎王は質問をした。
「君は天上院さんが好きなんですか?」
「エェッ!?」
万丈目は大げさに目を瞠って、「どうしてそれを…」とか呟いている。
(バレバレでしょうが)
おそらく先程も天上院明日香のことを考えて、ボンヤリしていたのだろう。
自分の妹には負けるけど、とか何とか思いつつ斎王は言った。
「彼女は頭もいいですし…美人ですからねぇ」
「…え…えぇ…」
顔を赤くして万丈目は口篭る。
「それで、天上院さんは君のことを?」
「いえ…オレなんか、明日香さんの眼中にも入ってなくて…」
しょんぼりする万丈目に、斎王は心にもないことを言って元気付けようとした。
「そんなことはないですよ。私から見ても君と彼女、仲良さそうだと思いますし…お似合いなのではないでしょうか」
本当は全くそんなことは思ってもいなかったのだが、おくびにも出さず斎王は微笑んだ。
万丈目は少し嬉しそうな顔になったあと、すぐにまた肩を落とす。
「でもオレ…一度告白して……フラれてるんです。だから片想いだっていうのは分かってるんだけど…」
なんだフラれてたのか、と斎王は何となくホッとしていたりした。
「そうですねぇ…天上院さんは初志貫徹する人だ。心を変えるのはむずかしいかもしれません」
斎王が何とかすれば簡単に心変わりくらいさせられるだろうが、そんなことはしてやんないつもりだった。
「……やっぱり…」
ガックリと項垂れる万丈目が可哀相な気もしたが、一度フラれてるなら諦めもつくだろうと気楽に考える斎王だった。
それに二人がうまくゆくという状況も、何やらおもしろくない気がするのだ。
「万丈目さん…君は充分魅力的ですよ…天上院さんは無理でも、きっと君を好いている人はたくさんいるはずです」
「そうでしょうか…どっちかというと、オレみんなに嫌われてるんじゃないかって気がします」
全く、本当にこの人は自分のことを知らないんだから、と斎王は苦笑いしてしまう。
「いますよ?ここにも…たとえば私とか」
万丈目はぱちくりと瞬きをして、そして表情を和らげた。
かわいいなァー、なんて思いつつ斎王は眺めている。
「ありがとうございます。オレを元気付けようとしてくれてるんですね」
「…………………」
本気で言ってるんですけど、と斎王は少し残念に思うが、それ以上は何も言わずにおいた。
「そうだ、ハイヤーの手配もしておかないと」
失礼します、と頭を下げて小走りに出てゆく万丈目の後ろ姿を見送り、斎王は赤く染まった夕焼け空に視線を向けると、何故だか不意に寂寥感を覚えた自分を不思議に思うのだった。
童実野町への修学旅行が近付いてきたある日。
部屋でソファに座ってうたた寝していた万丈目は、ふと目を覚ました。
「…ン?お目覚めですか」
自分の横に座り本を読んでいる斎王に驚いて、寝惚けた目を見開く。
「さ…い王さま」
「ノックしても返事がないものですから、勝手に入ってしまいました」
「…………………」
バツが悪そうに万丈目は口元に指先を当てて少し俯く。
「すぐ起こして下さいよ……恥ずかしい」
斎王は微笑みを浮かべ答えた。
「気持ち良さそうに寝ていたので、起こすのは気が引けたんです」
「………オレ口開けて寝てたでしょ」
「ホントにぐっすりと寝てましたよ。もしかして昨夜あまり眠ってないんじゃないですか?」
実は寝不足の様子の万丈目が何となく気にかかり、斎王は部屋を訪ねてきただけなのだった。
何か悩みがあって眠れないのだろうかと。
「万丈目さんは何か悩み事でも?」
「あ…」
小さく声を上げ、万丈目は顔を逸らすと短くため息を吐いた。
「天上院さんのことですか?」
まだ引きずっているのかと思い斎王が聞くと、意外にも違っていたようだった。
「え…いえ、そのことではないんですが…」
「それでは?」
聞くまでは立ち去らない心積もりである。
「……え…それは、その…」
やや頬を赤らめる万丈目に、斎王は妙な胸騒ぎを感じていた。
そして少々強めに問い質してしまう。
「何ですか?はっきり言いなさい」
万丈目はその様子に驚きながらも素直に答えた。
「昨日…3年の先輩に呼び出されて」
「いじめられたんですか?」
誰だか知らないが、呪い殺す。
斎王はそう思った。
「いえ、そんな……え、と…好きだって、その…告白されたんです…」
「…………………」
誰だか知らないが、殺そう。
斎王はそう思った。
「でも、オレ……どうしていいか分かんなくって…」
その相手は殺すけど、一応万丈目の悩みは聞いてあげる斎王である。
「迷っているんですか?君はその人が嫌い?」
先程の赤くなった様子からして、満更でもないような気もするのだが、万丈目は困ったように眉を寄せて言うのだった。
「そういうことじゃなくて…だって…その人男の人なんですよ」
「それが何か?」
何が問題なのかと斎王が首を傾げていると、万丈目は「だから、オレと同じ男の人ですよ」と続けて返す。
「……あぁ」
万丈目の可愛さにすっかり斎王は失念していたが、そういやそりゃいわゆる同性愛というものだとようやく気が付いた。
(ということは…私も同性愛…)
軽くショックを受けるものの、しかし。
きょと、として斎王の顔を見ている万丈目に視線を留めて、まぁそれでもいいか、と暢気に構えるだけであった。
「万丈目さん、大事なのは性別ではなく、気持ちだと思いますよ。君がその人を愛しているかどうかということです」
「え…そんな、愛とかってまだ分かんないですけど……でもオレ…初めて誰かに好きって言われて…」
「……嬉しかったんですか」
あの時自分も言ったのに本気にしなかった万丈目を、ちょっとばかり恨めしく斎王は思う。
「だけどオレ……何処が好かれているのか分からなくて…だってオレ良いところなんて自分でも見つからないのに」
そりゃ可愛いからでしょうと思うものの、斎王は口には出さないでおくことにした。
「ですから…その人はきっと、君が自分自身でも気付かないような素敵な部分を、ずっと見てきたということでしょう」
(それは私だって負けてないつもりですが)
しかし哀しいことに万丈目には全然通じない思いだった。
「そう…なんでしょうか…」
またも心ここにあらずな万丈目の様子に、コリャ駄目だな、と諦めにも似たような境地に至る。
多分万丈目はいいように流されて、その誰だか知らんが呪ってやる相手と、付き合ったりなんかしてしまうのだろうと斎王は思った。
その後、不逞人物の名前はすぐに判明した。
案の定二人は交際を始めたようなのだ。
家柄・頭脳・顔・外見と非の打ち所のない男、元オベブル3年・西園寺。
斎王は夜毎呪いをかけるものの、なかなか効き目が表れないことに歯噛みしていた。
今宵も夜が更けるまで呪ってやるつもりでいたのだが、自分の部屋の前でしゃがみ込んでいる人影を見付けた時、斎王は思わず駆け寄っていった。
「万丈目さんッどうしたんですか」
伏せていた顔を上げた万丈目は、心許ない表情で斎王を見上げる。
「斎王さま…」
「まさかっ西園寺に何かされたんですかっ?何てことだ、私が早く呪い殺してやっとけばよかった」
悔しがる斎王に「え?」と万丈目は首を傾げる。
「何かヒドイことをされてしまったんでしょう?あんな絵に描いたような好青年なんて、そうそういる訳がない。一見いい男に思えても、付き合ってみたらサディストだったとか…そういうのはよくあることです」
「ぜんぜん違います!そんなんじゃありませんから!!」
(……なんだ、違うのか)
斎王はほんの少しばかり冷静さを取り戻したが、それでも性急に確かめずにはいられなかった。
部屋の前で膝抱えて待っている万丈目の姿なんてのを見てしまったのだ。
平静に落ち着いてなどいられない。
「では一体何があったんですか」
万丈目は沈んだ表情になったが、素直に答えていた。
「今日、先輩の部屋へ遊びに行ったんですが…」
「奴の部屋に行くなんてまだ早いですよ!」
付き合い始めて数日でそんなの早過ぎる、と斎王が顔色を変えた。
「だってオレの部屋だと斎王さま勝手に入ってくるし」
「……………」
それはある。
思わず頷きかけた斎王は、誤魔化すように咳払いをした。
「それで、思い切って聞いてみたんです…何でオレを好きなんですかって」
「ほぅ、それはそれは」
まさか顔が好みだから、なんてハッキリとは言わないだろうと思っていたが。
「可愛いからですって言われて」
(そりゃハッキリしすぎ…)
気持ちは分かるが、とも思うのだがしかし。
「可愛いなんて、そんな外見だけで判断されていたことがショックだったんですね?」
「いえ、それは誉められて嬉しいです」
(え…そうなんだ…)
万丈目にとって『可愛い』は言っても大丈夫な言葉だったようだ。
そうと分かっていれば、いくらでも言ってあげたのに。
などと思い悔やまれる斎王である。
「そしたら突然先輩に抱き締められて、ベッドまで連れて行かれて」
「………え」
(何ですとォー)
廊下でするような話ではないのだろうが、そんなことにはお構いなしに万丈目は続ける。
「ビックリして…すごくドキドキしてきて…」
「…………え」
(何ですとー)
その先は聞いてもよいのだろうか?という疑問も沸き起こるが、更に万丈目は続けて言った。
「でも…でもオレ、急にこわくなっちゃって…」
「……………ん?」
(何ですと?)
「気が付いたらサイドテーブルの置き時計を手に持っていて…」
「殴り殺してしまったんですか」
驚いたけれど、呪い殺す手間も省けてこれは好都合。しかしあとでちゃんと片付けしとかないと、と斎王は考えていた。
「なんでオレが先輩を殺すんですか!」
心外だとばかりに万丈目が声を上げる。
「つい、やっちゃったんでしょう?大丈夫、心配しなくても後始末は全て私がしておきますから」
「いくらなんでも、そんなことしませんってば、もぅ」
憤慨する万丈目を、斎王は不可解に感じてしげしげと見詰めた。
「だって、置き時計で殴り殺したって…」
「言ってません!夜も遅い時間だからもう帰りますって言って、部屋から出てきてしまったんです」
「………なんだ…それだけですか」
拍子抜けした斎王が改めて聞く。
「それだけ…でしたけど」
「私の部屋の前で待ってたりするものだから…もっとすごいことがあったのかと思っちゃいましたよ」
「それは、自分の部屋に帰っても…もし先輩が来たらどうしようって…」
瞳を揺らせて答える万丈目に、斎王は大仰にため息を吐いてみせた。
「万丈目さん…君は……」
「…斎王さま?」
不安そうに万丈目が眉根を寄せている。
「君は、西園寺を本心では嫌っているんじゃないんですか?だから逃げ出したのでは?」
「……えっ?」
「初めて他人に好きだと告白されて、深く考えずに交際を了承してしまったのではないんですか?言ったでしょう、本当に大事なのは君の気持ちなのだと」
「オレの…気持ち」
厳しい言い方を少し和らげて、斎王は優しく万丈目に語った。
「私は君が心配なんですよ…間違いが起こってしまってからでは、取り返しがつかないでしょう」
「斎王さま…」
「もっとちゃんと考えて…自分を大事にしないといけません」
「……………」
むずかしい顔をする万丈目の頭にポンポンと軽く手を置き、斎王はそのまま自室へと入った。
万丈目は暫くその場に佇み、その後自分の部屋へと帰っていったようだった。
このまま付き合い続けるのか、別れるのかは知らないが。
とりあえず、今夜も西園寺に呪詛の念を送ることを忘れない斎王であった。
そろそろ寝不足になってきたなと斎王が思い始めた頃。
スッパリ別れましたと万丈目が報告してきたのである。
表面上それは残念なことですなどと言いつつ、心の内ではよかったよかった、と手放しで喜んでいた。
しかしそれでも一時とはいえ万丈目をたぶらかした西園寺を許しがたく、未だ呪い続けてやっているのだが、やはり何の成果も得られないようだ。
斎王は意外と自分が無力な気がしてくるのだった。
童実野町に到着して数日後のこと。
「斎王さま、大丈夫ですか?ひどくお疲れのようですけど…」
宿泊先のホテルで、やつれ気味の斎王の様子を心配した万丈目が、部屋へと見舞いにきていた。
「……もともと普段から睡眠不足ではありましたが…旅行中は殆んど一睡も出来ませんでしたよ…」
「……………」
所在の分からない妹さんのことで心を痛めているのではないかと思うと、万丈目は言葉をかけるのを戸惑ってしまった。
「アカデミアから持ってくるのをうっかり忘れてしまって…」
「……………」
「私、枕が変わると眠れないんですよ…」
「…………枕…」
きっと、人よりずっと繊細な感覚なのだろうと、万丈目はさすが斎王さまだとか思っていた。
「でしたら早く言って頂ければ…代わりの枕を探して用意します」
「そう簡単には見付からないですよ…あの適度な高さと硬さと感触は…」
「ではアカデミアから届けさせましょう…」
早速手配しようとする万丈目を引き留めて、斎王はソファへと座らせた。
「しばらくの間、このままいいですか?」
「……え?」
斎王は体を横たえると、訝しむ万丈目の大腿の上に頭を乗せた。
そしてそのまま目を瞑る。
「やはりちょうどいいですねぇ」
「……斎王さま?なにするんですか」
「枕代わりですよ…君の腿肉がちょうど私の愛用の枕に似ていて……あぁ眠気が…」
「ちょっと、斎王さま」
抗議しようとするも、どうやらすでに寝入っているようである。
「もぅ…一体どれ位このままでいればいいんだ…」
万丈目の呟きに答える声はなく、聞こえてくるのは穏やかな寝息だけなのだった。
そういえば、斎王はいつの間に自分の足と枕が似ているというのを確かめたのだろうかと、万丈目は不思議に思う。
やはり斎王さまは何でもお見通しなのだと結論付けたのだが。
実際は万丈目がうたた寝している最中に部屋に忍び込んで、ちゃっかり膝枕なんてのを楽しんでる時に偶然発見したことだった。
それから後も万丈目はアカデミアに帰るまで、ちょくちょく枕代わりをさせられてしまうことになったのである。
<終>
わー、なんじゃこりゃー。中途半端すぎる〜。
一応最初は『斎王に甘える万丈目』なんてのを書くつもりでしたが…だんだん訳分からない話になってますね。トホホ。誰だ西園寺って。何だこの話の斎王って。逆に万丈目に甘えてるだけなのでは…ぎゃふん。
希望を頂いたものの、生かしきれない結果になってすいません…しかも尻切れで終わりだし申し訳ないです。トホホ。反省MAX。
2006.4.18